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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9523号 判決

原告 大橋秀孝

右訴訟代理人弁護士 丹篤

被告 株式会社京浜広告社

右代表者代表取締役 奥村一

右訴訟代理人弁護士 渡辺卓郎

関根俊太郎

主文

一、被告株式会社は、原告に対し、三〇万円、及びこれに対する昭和三六年一二月一六日から、支払ずみに至る迄年六分の金員の支払をせよ。

二、訴訟費用は、被告株式会社の負担とする。

三、この判決は、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

証人加藤恵一、同冬木康子、同本堂隆昭の各証言によれば、次の事実が認められる、本堂隆昭は予て、被告株式会社から、印刷を請負つていて、その報酬を引当てに融通手形を振出して貰つたことが、二、三回あつた。同人は、昭和三六年六月一八日頃被告株式会社の専務取締役加藤恵一に対し、自分の紙の卸商に対する買受代金の支払確保の為、被告株式会社の同人に対する印刷請負の報酬約五五〇万円の前払の形式で、同金額を融資されたい旨申込んだ。その数日後、同人は、被告株式会社に於て、加藤恵一、その常務取締役伊藤勇治、自分の弟で被告株式会社の統理課長をしていた本堂雅昭、会計主任冬木(旧姓末島)康子列席の場所で右融資の諾否を問うたところ、伊藤勇治は、それを承諾した。そこで本堂隆昭は、冬木康子に、被告株式会社に対する印刷の報酬五八〇万円(その理由について後述)の領収証を交付し、予め印刷しておいた、いずれも、金額を一〇万円振出日満期及び振出人欄を白地とし、その他の手形要件を係争約束手形のそれと同じくする約束手形五五通を、被告株式会社に持参した。被告株式会社の会計主任冬木康子は、一応、伊藤勇治に、その振出の可否を問い、同人から、その承諾を得たので、本堂隆昭が持参した前記約束手形用紙五五枚の振出人欄に、被告株式会社の記名印、代表者印を押捺し、五五ヵ月に亘る満期を記入し、本堂隆昭に、それを交付した。しかし同人は、近い将来に於てまとまつた金額の入手を希望したので、被告株式会社に、金額を二〇万円とする約束手形五通の振出を申込み被告株式会社の伊藤勇治、加藤恵一は、それを承諾し、別の約束手形用紙を用いて、更に、本堂隆昭にあて、金額を二〇万円とする約束手形五通を振出したので、同人は即日、被告株式会社に対し、金額一〇万円の約束手形五通(証人本堂隆昭は、一〇通と供述するが、それは誤りである。)と金額二〇万円の約束手形一通を返還した。その結果、同人の手許に残つた約束手形は、金額一〇万円のもの五〇通、金額二〇万円のもの四通、手形金額は合計五八〇万円となつたこと、同人は、その為、被告株式会社に対し、前記五八〇万円の領収証を発行したことが、認められる。

証人加藤恵一同冬木康子は、被告株式会社として、本堂隆昭に対し、振出を承諾したのは、金額を二〇万円とする約束手形五通にすぎず、金額を一〇万円とする約束手形五八通は、振出を承諾せず、本堂隆昭が右二〇万円の約束手形五通を振出した当日、冬木康子に対し、右金額一〇万円の約束手形五八通については、既に、常務取締役伊藤勇治の承諾を得ていると嘘を言つたのを、冬木康子は、それが、嘘と知らず、真実と信じて、右約束手形五八通に前記各印判を押して、本堂隆昭に交付したと供述するけれども、それらの供述は、証人本堂隆昭のそれと反対の趣旨に出る証言と対比して措信できない。本堂隆昭としては、右五五通の約束手形用紙について、いずれも、自己を受取人、金額を一〇万円その他前記の各手形要件を印刷して、被告株式会社に持参したのであるから、予め、被告株式会社の承諾を得ないで、かように念の入つた印刷をする筈がないと考える。しかも、冬木康子をして、被告株式会社内で、それに記名捺印させることは、右各証人の証言を、その侭採用するとすれば、五五通の約束手形全部につき偽造を構成するのみならず、随分、大胆な仕業である。本堂隆昭は、被告株式会社内に於て、相当の時間に亘り、情を知らない(偽造だとすれば)冬木康子を、使用して、敢てかような危険を犯すであろうか。当裁判所は、以上認定の事実により、被告株式会社は、自己の意思により、係争約束手形三通を振出したと判断する。

仮りに、右認定が誤つているとすれば、当裁判所としては、伊藤勇治、加藤恵一が、冬木康子に対し、金額二〇万円の約束手形五通の振出を命じたのを、同人は、本堂隆昭が、被告株式会社に対して要求した金額一〇万円の約束手形五五通の振出をも、命じられたものと誤認して(現に、証人加藤恵一は、冬木康子が、さように錯覚して、振出したと供述する)、それらの約束手形合計六〇通を振出したと判断せざるを得ない。その場合、本堂隆昭が後者の約束手形五五通を振出すについて、冬木康子を欺したとは認められない。

もしそれが真実だとすれば、被告株式会社には、前記五五通の約束手形を振出す効果意思は、なかつた訳であるが、冬木康子は、その表示機関として、被告株式会社の効果意思に反して右約束手形五五通を振出したことになり、被告株式会社の効果意思と表示行為との間には、齟誤がある。しかしながら、被告株式会社が振出行為の錯誤を以て、第三者に対抗する為には、その第三者が悪意の手形取得者であることを要する。しかるに原告が悪意の取得者であること(即ち、被告株式会社の効果意思とその表示行為との間に齟誤があることを知つていたこと)については、これを認めるに足りる証拠資料がないから、被告株式会社としては、係争約束手形の振出の無効を以て原告に対抗し得ない筋合である。証人本堂隆昭の証言によれば、原告主張の二の事実を、弁論の全趣旨によれば、原告主張の四の事案を、認めることができる。

原告主張の五の事実は、被告株式会社が自白したところである。

以上判示の事実に基く原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り、判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

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